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長田神社(兵庫県神戸市長田区)

長田神社(ながたじんじゃ)

兵庫区の西隣、長田区。

摂津国西端への歩みも残す所長田区と須磨区の二つの区になります。

(須磨区の西隣になる神戸市垂水区はもう旧播磨国に成るのですね。)

という事で、とりあえず摂津の西端・須磨に向けて歩みを続けていくわけですが、長田区の一の大社となるとやはりここ長田神社になります。

 

和田岬の三石神社より一度JRの兵庫駅に至り、線路伝いに新長田方面に、射場八幡神社などお社を回り(射場八幡神社は神職の方はいらっしゃいましたが御朱印は授与されて無いようです)、その足で北に長田神社に。

三石神社から見るとかなり遠くになりますが北西方面になります。

 

長田の地名は三韓征伐の際に長田の国として記されている地名で、かれこれ二千年近い歴史がある呼び名の様で、このお社が鎮座する以前より都市として知られていた場所であると思われます。

 

この長田神社は、神宮皇后の三韓征伐の凱旋の帰路、武庫の水門にて神告を受け祀られたお社の一社で、廣田神社、生田神社と同じく創祀は神宮皇后摂政元年(201)の事とされております。

以来、延喜式名神大社の一社として、祈雨の神として、皇室を始め多くの尊崇を受け現在に続いております。

 

長田神社は古くは須磨の地をも氏地に持つ摂津西側の大社であったようです。

現在は長田周辺と板宿を飛び越えて須磨の一部を飛び地の氏地としており、須磨の方にあるお旅所にまで神輿が巡幸するらしいです。(震災や諸所の理由で近年は取りやめている年が多いようですが)

須磨の西国街道沿い、綱敷天満宮から程近い所に元宮長田神社という神社も残っており、(長田神社の元宮という説と後に分祀された神社という説に分かれているようですが)お旅所以外にも須磨の地と長田神社の関係は深そうです。

この元宮長田神社は菅原道真公の縁の地でもあるとの事なので、小さなお社ですが、合わせて足を運ぶのも良いかもしれません。

 

また、このお社ではオリジナルの御朱印帳と末社楠宮稲荷社の御朱印を授与しております。

 

【社格等】 延喜式式内名神大社 官幣中社

【御祭神】 事代主神

今回頂いた御朱印帳と御朱印(末社楠宮稲荷社含む)です。

長田神社 楠宮稲荷社(長田神社末社) 長田神社朱印帳表 長田神社朱印帳裏

【所在地】 兵庫県神戸市長田区長田三丁目1-1 →地図

【公式HP】http://nagatajinja.jp/html/index.html

記事記載神社:三石神社(兵庫県神戸市兵庫区),廣田神社(兵庫県西宮市),生田神社(兵庫県神戸市中央区)


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若一神社(京都府京都市下京区)

若一神社(にゃくいちじんじゃ)

神戸市を巡っていると、どうも平家とゆかりのある寺社が散見されます。

兵庫区の南の方までご紹介したところでとりあえずの一区切りとして、次は正月明けに吉祥院天満宮とあわせてご参拝させて頂いたこの神社をご紹介したいなと。

まあそういう事で。

JR京都線の西大路駅を南に下ると吉祥院天満宮が御座いますが、その西大路駅より西大路通りを北に少し行くとこの神社が鎮座しております。

 

このお社の御由緒にも関わる話ですが、この付近には平清盛の別邸西八条御所があり、華やかな平氏の時代の舞台の一部になった場所です。

 

光仁天皇の御世(709-782)、唐僧威光上人(西国三十三箇所二十九番札所 松尾寺開基等)が熊野詣を行った際、救世の為に若一王子の御分霊を授かり、その後、京都のこの地に持ち寄られたという伝承からこの社の社の創建の伝承が始まります。

宝亀二年(772)、御分霊を携えたその上人は当地にあった古堂にて神意を得、堂内に御神体を奉祭致しました。

その後、その御神体は異変により土中に入ったと伝えられます。

次にこの御神体が世に現れるのは丁度平清盛の時代、仁安元年(1166)この地を有し別邸を建てた清盛公ですが、公が熊野に参詣の折、土中に埋もれた御神体を世に出し祀るようお告げを受けます。

お告げに従い自らの邸内を探した所、屋敷東側築山より埋もれた若一王子の御神体を見つけます。

お告げに従い社を造営し鎮守とし自らの出世開運を祈った所、翌年見事太政大臣に任じられたとの事です。

これ以降、平清盛公出世のご利益から出世開運の神様として信仰され、現在でもその信仰が続いております。

 

邸内もしくはその傍に建てられた社という事もあり、境内地は非常に小さい物で、鳥居正面にある清盛公お手植えと伝わる大楠の方が存在感がある社です。

千里上新田天神社の問題を通してお世話になっている京都北山の宮司様と関係の深い社で、前にご紹介頂いた栞が既に置かれていました。

こちらで授与されている清盛公の絵を印刷された木製の授与品は銘木の京都北山の北山杉の物なんです。

北山の自然を知って頂く為にお願いして置いて頂いている等聞いております。

とまあ、北山の宮司関係の宣伝をしてしまいました。

 

丁度昨年平清盛が大河ドラマで取り上げられておりましたが、もしご興味顔ありでしたら西大路の駅からもさほど遠くないですので一度立ち寄られてはいかがでしょうか。

 

【社格等】 不明

【御祭神】 若一王子

今回頂いた御朱印です。

若一神社

 

【所在地】 京都府京都市下京区西大路八条上る →地図

記事記載神社:吉祥院天満宮(京都府京都市南区),天神社(大阪府豊中市)


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Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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