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大宮(大阪府大阪市東淀川区)

大宮(おおみや)

大隅神社から南西方向に、市が整備した歴史散策の道順通りに進んでいくと、当社に着きます。

丁度正面鳥居に面した道が大阪の南北主要道路の一つ内環状線(国道479号線)で開けた明るい印象が得られる神社です。

 

この神社、元々は淀川の対岸淀川河川公園の辺りに淀川”北岸”の社として存在していたのですが、淀川の難所逆巻を緩和する際の改修工事により現在地に遷座しております。(大経大から大隅神社に至る道に逆巻の守護となっていた逆巻地蔵が安置されてたりもします)

この工事で丁度川幅丸々後退させた形になっており、旧淀川の中間点に添う形で旧豊里村の川向こう飛び地としてこの神社の氏地が広がっていた様です。

 

この地は安閑天皇がしばしば行幸されており、またこの地から大隅神社の辺りに牛の放牧地である乳牛牧を設置された由縁を以って安閑天皇を御祀りしたことにより神社の創始としております。

またこの地は聖徳太子とも所縁が深く、聖徳太子直筆の自画像が社に残ってたりもします。(現豊里は四天王寺建立予定地の一つとされていたという伝承が在り天王寺庄の地名が大正まで残っており、聖徳太子の別称「豊聡耳皇子」にちなんで豊里という地名に変えたようです)

 

淀川北岸に四天王寺というのは少し意外な感じもしましたが、こういうのを知るのも楽しみの一つですね。

 

【社格】 村社

【御祭神】 安閑天皇

天手力男命 大己貴命 聖徳太子

今回頂いた御朱印です。

大宮  

【所在地】 大阪府大阪市東淀川区大道南3-2-2 →地図


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大隅神社(大阪府大阪市東淀川区)

大隅神社(おおすみじんじゃ)

東淀川区三社目、松山神社から南西側、丁度地下鉄の瑞光四丁目駅を挟んで向こう側、大阪経済大学の東側に鎮座する神社です。

この付近、前に少しお話したと思いますが、市が史跡寺社関連の案内整備をしており道路上に散策道と明示するようなブロックが埋め込まれているので、付近に行けば簡単に神社までいけるという親切設計です。

 

前回、松山神社を一旦合祀したとお話させて頂いたように、このお社は旧社格は村社ながらも東淀川区北東部の神社を数社合祀しており、まるでこの地をを束ねる有力な神社に思えます。

 

元々この地は大隅島といわれ応神天皇が難波の地に御幸した際の離宮があったとされています。

大隅宮と称されたその離宮ですが、応神天皇崩御のの地、この地の人々がその徳を慕いその宮跡に祠を祀ったのがこの神社創始とされています。

後、時代は不明瞭ですが、淀川氾濫の際、賀茂明神の御神体が漂着したのを契機に合祀し、社名も賀茂神祠と改め、別雷大神を祭神とする社殿と旧の応神天皇に加え伊邪那美神、天照皇大神、素戔嗚尊、豊受毘売神、天児屋根命、大山咋命、菅原道真公を祀る境内八座社に分けてしまうという事をやっています。(元々応神天皇の祠なのになんというか・・・)

更に下り明治に至って社名を大隅神社に改め、応神天皇を主祭神とする神社に復しておりますが・・・。

 

この神社、中世には神宮寺も持つほどの威勢を誇っていたようですが、どうも明治に境内地をかなり切り取られた様で、落ち着いた感じの村の鎮守の様な佇まいになっております。

 

【社格】 村社

【御祭神】 応神天皇

別雷大神 天児屋根命 一杵島姫神 伊邪那美神 天照皇大神

素戔嗚尊 豊受毘売神 大山咋命 宇賀御魂神 菅原道真公

 

今回頂いた御朱印です。

大隅神社

【所在地】 大阪府大阪市東淀川区大桐5-14-81 →地図


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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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