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溝咋神社(大阪府茨木市)

溝咋神社(みぞくいじんじゃ)

茨木市内の式内社という意味ではこれが恐らく最後の一つかもしれません。

断念した兼務社さんのところで頂く機会があれば別ですけど。

 

で、溝咋神社さんです。

延喜式では小社になっていて大社の新居坐天照魂神社三社よりも下の扱いですが、こちらは近代社格では府社となっており、社格としては茨木有数の神社なんですね。

そして例によって、茨木神社さんの方が参詣者が凌いでます。

人気の茨木神社さん、近代社格の溝咋神社さん、延喜式社格での福井の新居神社さんという感じでしょうか。(茨木はいい神社が多いのであまり順序を付けたくありませんが)

 

で、神社の方ですが、宮司様に伺った内容が有り過ぎて、大枠の説明は

溝咋神社の公式HPに譲ります。(なんか殆どカウンターが回ってないところですが)

ざっくりとした書き方でいうと、神武天皇の皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命とその類縁をお祀りした神社ですね。

中世の再建は長谷川式部少輔もしくは長谷川宗仁となっております、長谷川宗仁が式部少輔と名乗ったものが見当たらないので、その嫡男の式部少輔守知でしょうか。

長谷川宗仁が織田信長・豊臣秀吉のブレーンとなり徳川家康にも仕えた文人で、子の守知も同様に信長・秀吉に仕え美濃の地に一万石の所領を得、徳川時代にその子の代に到って分家を立て領地を分割することにより、大名から旗本に格下げになっております。

3110石の所領を得た方の家が旗本として明治まで残っているようですので、(恐らくこちらの家でしょうが)現在の星見町を領有した当家の力添えもあり神社が維持されていく事になったようです。

そしてその寄合旗本の力添えか分かりませんが、紀州徳川家より寄進の葵の御紋の幕一式と石灯篭一対(幕一式は損傷が激しく現在保管するに留まっているようです)、淀藩稲葉家より寄進の大灯篭が残っております。

 

まだ色々と伺っているのですが、自分で消化し切れてない部分と記事があまりにも間延びしそうなのでこの辺りで。

大昔に阪急の参宮線計画もあった程の由緒ある古社ですが、茨木市駅からならものの三十分もあれば辿り付けると思います。

よろしければ足を運んで見て下さい。

 

あと念のために…こちらいくつか兼務されてるようで、お忙しそうです。

授与品等々何かお願いする場合、HP記載の電話番号でご連絡をされてからの方が無難かと思われます。

 

【社格】 式内社 旧府社
【御祭神】溝咋玉櫛媛命 媛蹈鞴五十鈴媛命

溝咋耳命 天日方奇日方命 速素盞鳴命 天児屋根命

頂いた御朱印です。

溝咋神社

【所在地】大阪府茨木市五十鈴町9-21 →地図

【公式HP】 http://www.geocities.jp/mizokuijinja/index.html

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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