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若一神社(京都府京都市下京区)

若一神社(にゃくいちじんじゃ)

神戸市を巡っていると、どうも平家とゆかりのある寺社が散見されます。

兵庫区の南の方までご紹介したところでとりあえずの一区切りとして、次は正月明けに吉祥院天満宮とあわせてご参拝させて頂いたこの神社をご紹介したいなと。

まあそういう事で。

JR京都線の西大路駅を南に下ると吉祥院天満宮が御座いますが、その西大路駅より西大路通りを北に少し行くとこの神社が鎮座しております。

 

このお社の御由緒にも関わる話ですが、この付近には平清盛の別邸西八条御所があり、華やかな平氏の時代の舞台の一部になった場所です。

 

光仁天皇の御世(709-782)、唐僧威光上人(西国三十三箇所二十九番札所 松尾寺開基等)が熊野詣を行った際、救世の為に若一王子の御分霊を授かり、その後、京都のこの地に持ち寄られたという伝承からこの社の社の創建の伝承が始まります。

宝亀二年(772)、御分霊を携えたその上人は当地にあった古堂にて神意を得、堂内に御神体を奉祭致しました。

その後、その御神体は異変により土中に入ったと伝えられます。

次にこの御神体が世に現れるのは丁度平清盛の時代、仁安元年(1166)この地を有し別邸を建てた清盛公ですが、公が熊野に参詣の折、土中に埋もれた御神体を世に出し祀るようお告げを受けます。

お告げに従い自らの邸内を探した所、屋敷東側築山より埋もれた若一王子の御神体を見つけます。

お告げに従い社を造営し鎮守とし自らの出世開運を祈った所、翌年見事太政大臣に任じられたとの事です。

これ以降、平清盛公出世のご利益から出世開運の神様として信仰され、現在でもその信仰が続いております。

 

邸内もしくはその傍に建てられた社という事もあり、境内地は非常に小さい物で、鳥居正面にある清盛公お手植えと伝わる大楠の方が存在感がある社です。

千里上新田天神社の問題を通してお世話になっている京都北山の宮司様と関係の深い社で、前にご紹介頂いた栞が既に置かれていました。

こちらで授与されている清盛公の絵を印刷された木製の授与品は銘木の京都北山の北山杉の物なんです。

北山の自然を知って頂く為にお願いして置いて頂いている等聞いております。

とまあ、北山の宮司関係の宣伝をしてしまいました。

 

丁度昨年平清盛が大河ドラマで取り上げられておりましたが、もしご興味顔ありでしたら西大路の駅からもさほど遠くないですので一度立ち寄られてはいかがでしょうか。

 

【社格等】 不明

【御祭神】 若一王子

今回頂いた御朱印です。

若一神社

 

【所在地】 京都府京都市下京区西大路八条上る →地図

記事記載神社:吉祥院天満宮(京都府京都市南区),天神社(大阪府豊中市)


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Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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