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三石神社(兵庫県神戸市兵庫区)

三石神社(みついしじんじゃ)

元和田岬の蛭子社、和田神社の大鳥居を出て徒歩2分ほど。

和田神社に隣接する形でこのお社が鎮座します。

 

和田神社に比べると境内地が小さく、目立つ感じではありませんが、その和田神社にとも並ぶともいえる来歴を持つ神社だと思います。

 

創建の年月は不詳ですが、元々は神功皇后が三韓征伐の帰路において務古の水門に至り上陸し神託を得る祭儀を行った場所、三個の石を敷いた祓所が当神社の往古の姿だといわれています。(神託により廣田、生田、長田、住吉に社を設け各々神様を祀ったという伝承の地ということです)

推古天皇十年(602)には新羅討伐に当たり、勅令にてその遺跡と成っていた祓所にて神功皇后の神霊を祭り祈願した記録が残っており、その後100年ほど後に至り、僧の行基が和田泊を行き来する船とこの地を護るものとして、祓所の地を選び、往来神という神号にて社を建てました。

往来神(ゆききのかみ)については同音の読みである雪気神(ゆききのかみ)とも記される事があったようです。

その後この祓所の土地、三本松の地に鎮座し続けておりましたが、江戸時代・享保7年(1722)に和田の土地が開発される際にその新田地の一角に遷され天照皇大神・素盞男大神を配祀し、新田の産土神とされます。

明治に至り、和田神社同様にその境内地は三菱神戸造船所設立に伴う鉄道敷設の為に再び遷座を余儀なくされ、和田神社と並ぶ形で現在地に鎮座しております。

第二次世界大戦中には、造船拠点でもあった三菱神戸造船所があったこともあり、和田岬周辺も空襲の目標とされたようで、当神社も戦災に遭い社報悉く灰燼に帰すという不幸もありましたが、氏子崇敬者並びに当地の企業の力添えもあり旧に復し現在に至っております。

 

上でも書きましたが、和田神社と比べ目立つ感じでもなく、敷地も広くない社ですが、三韓征伐に関わる社です。

務古の水門がこの和田に当たるのか西宮の方に当たるのか浅学にしてどちらが正しいのかは判りません。

ただ、行基が注目し社として復興創祀したという事もあり、その時代(9世紀)にも神功皇后ゆかりの地として認知されていたのだと思います。

小さいながらも意外な由緒がある社です。

 

【社格等】 村社

【御祭神】 神功皇后

天照皇大神 素盞男大神

今回頂いた御朱印です。

三石神社  

【所在地】 兵庫県神戸市兵庫区和田宮通3-2-51 →地図

【公式HP】http://www.mitsuishi.or.jp/

記事記載神社:和田神社(兵庫県神戸市兵庫区),生田神社(兵庫県神戸市中央区),廣田神社(兵庫県西宮市),住吉大社(大阪府大阪市住吉区)

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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