スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサードリンク


祇園神社(兵庫県神戸市兵庫区)

祇園神社(ぎおんじんじゃ)

五宮神社の方のご推奨という事で、すぐ西(…どうも感覚がずれてる気もしますが、直線距離だと300mで、道のりだと1km未満って所でしょうか。)に鎮座する祇園神社に。

 

90数段の急な階段があるよと半ば脅されてましたが、確かに急です。

そして、この石段の真ん中には生島四郎寄進の石灯籠が。

もしお参りする方がいらして、幕末の歴史・竜馬好き勝海舟好きならこの急な石段を登るのをお勧めします。

この生島四郎とは当地平野の幕末の庄屋であり、勝海舟と懇意にしていた人物で、神戸海軍操練所建設の為に神戸に逗留していた勝氏に一時自らの別邸を貸して寓していました。

勝も彼に神戸の土地の重要性を説き、当時寂れた漁村でしかなかった神戸の土地を買う事を薦め後の実利となる様な形で厚遇に対して報いています。

その神戸操練所が建設されるまで、坂本竜馬等の海舟門下の人物は生田にあったといわれている海軍塾に住んでおり、勝が住んでいたこの平野の生島別邸(今回は訪ねていませんが、当神社からそう遠くない場所にあるらしいですね)との間を互いに行き来していたと思われ、もしかしたらその順路と今回の巡拝の行程が一部重なっているかもしれません。

(小説親子鷹のお陰で勝小吉勝海舟父子が好きな私は、今回の石灯篭だけでも大興奮してました…ので前置きが非常に長いです)

 

さて、石灯籠の話でかなりの脱線をしてしまいましたが、神社の創建は清和天皇の御世の播磨国の広峰神社より京都の祇園八坂社への分祀の際に御分霊の神輿が一時逗留した事により発しています。

(大阪吹田市等のいくつかの牛頭天王社…泉殿宮や高濱神社に残っている来歴にもこの辺りの事に触れていたものがありましたので、一本の線で繋がりそうです。)

御分祀は貞観11年(869)に行われており、疫病などに悩まされていた当時、疫病平癒の神としても名高い素盞嗚尊を有り難がり、逗留を契機に祀るという行為が頻繁に行われたのでしょう。

時代が下り平安末には、この辺りに勢力を持っていた平清盛が和田京(福原京)建都を企図し神戸の地に足を運びますが、高台に成っている当神社の境内に頻繁に足を運び、福原や和田岬までの広大な土地を臨み見て、その平家の手による新たな都の構想を練り、縄張りなどの具体策を検討したといわれています。

こういう煌びやかな歴史を持つ古社ではありますが、現在は地元の方を中心とする尊崇を受ける落ち着いたお社として現在の世に続いております。

 

丁度今年は大河ドラマで平清盛が取り上げられ、この神社もその観光コースとして組み込まれているようです。

なにやら団体で行動する方達が多く、地元にとっては少し居心地が悪くなっているような…

注目されるのも良し悪しなのかもしれません。

そのうちまた勝海舟や坂本竜馬などが取り上げられるでしょうが、その際にはこの辺りもまた賑わうのでしょうか。

マナーや付近の人に威圧感を与えないような行動を取って頂きたいものです。

 

ちなみにHPを見ると五宮神社は当神社の兼務社みたいですね。

という事は、いらっしゃった方は地元の奉賛会の人だったのかもしれません。

 

【社格等】 村社

【御祭神】 素盞嗚尊 櫛稲田媛命

今回頂いた御朱印です。

祇園神社(神戸市兵庫区)  

【所在地】 兵庫県神戸市兵庫区上祇園町12-1→地図

【公式HP】http://www.kobe-gionjinjya.com/

記事記載神社:五宮神社(兵庫県神戸市兵庫区)泉殿宮(大阪府吹田市)高濱神社(大阪府吹田市)

関連記事


スポンサードリンク


コメントの投稿

非公開コメント

最近の画像

当サイトアクセスランキング


ブログ内キーワード検索
プロフィール

osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

スポンサードリンク
カテゴリーツリー
カレンダー(月別)
08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
記事ナビ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク集
最新コメント
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。