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本住吉神社(兵庫県神戸市東灘区)

本住吉神社(もとすみよしじんじゃ・元住吉神社)

西に向かう心を少し抑えて、弓弦羽神社より南東に本住吉神社に向かいます。

五月に参拝した大阪市西区の茨住吉神社が勧請したお社でもあり、本(もしくは元)住吉の社名を持ち、住吉大社の元社を主張しているお社でありまして、菟原郡住吉郷の総鎮守という事で少しの回り道を取った次第です。

 

ここ住吉もそうですが、阪神地域は明治以降工業化の進んでいった大阪から逃れるような形で邸宅を構える実業家等を対象とした住宅地として整備された土地で、早期に鉄道の駅が出来た住吉もその便利さと当時の山と海の織り成す環境から持て囃されていたそうです。(工業化による煤煙・騒音で大阪より逃れてきた方達の為の街ですが、後になって沿岸部に豊かな水資源と海岸を目当てに工業化の波が押し寄せてきたのは皮肉にも思えますが)

 

このお社は神功皇后の三韓征伐の帰路、船が先に進まなかった際に占いをし、廣田・生田・長田の三社を祀ると共に、住吉大神の神託で「大津渟名倉長狭」の地に大神を祀るよう受け、この住吉の地にお祀りしたとなっております。

よって日本書紀により神功皇后元年(201)がこの神社の創祀という形であるという風に伝わっているわけです。

「大津渟名倉長狭」がこの菟原の住吉なのか住之江の住吉なのかについては、国学者本居宣長はこの菟原の住吉を支持し、また宣長以前にもこちらを本住吉として扱った江戸初期の文書もあり、少なくともその時代以前よりこちらを住吉大社の元社だという説があったように見受けられます。

今となっては伝承の真偽について確かめようもありませんが、廣田生田長田の三社がこの神戸周辺に偏っている事もあり、その様な可能性があってもいいのじゃないかと思います。(但し、江戸期より遡って平安期の延喜式にはこの社が未収載ですので、些か部が悪いとは思いますが)

現在はこの地域の名社として、近在からの崇敬を集めております。

 

規模としては住吉大社に及びませんが、六甲の山中に奥宮があるらしい(未参拝ですが)など、本住吉を名乗る風格は整えてそうです。

帰って調べ物をしてから色々出てくるとまた参拝したくなってきます。

ちなみに今回は折角なので住吉大社の御朱印帳を使わせて頂きました。

どちらが元社であったとしても、こちらの御朱印はこの御朱印帳にという、そういう気がしましたもので。

(大社の御旅所の宿院頓宮用の場所は空けさせて頂きましたけど)

 

【社格等】 県社

【御祭神】 住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)、息長足姫命(神功皇后)

今回頂いた御朱印です。

本住吉神社  

【所在地】 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町7-1-2 →地図

【公式HP】 http://www.kcc.zaq.ne.jp/motosumiyosi/home/index.htm

(デッドリンクです、下記にサルベージしたものがありますので、ご利用下さい)

http://web.archive.org/web/20070903122745/http://www.kcc.zaq.ne.jp/motosumiyosi/home/index.htm

記事記載神社:弓弦羽神社(兵庫県神戸市東灘区)茨住吉神社(大阪府大阪市西区)住吉大社(大阪府大阪市住吉区)

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まとめ【本住吉神社(兵庫県神】

本住吉神社(もとすみよしじんじゃ・元住吉神社) 西に向かう心を少し抑えて、弓弦羽神社より南東に本住

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神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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