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津門神社(兵庫県西宮市)

津門神社(つとじんじゃ)

福の宮福應神社より西を目指し更に歩みを進めてまいります。

といっても地図上の西には目を引くものがなさそうなので、実際には北西方向にある津門を目指して行く事になるのですが。

 

津門という地も今津村同様に元々は津門村という自治体があり、今は西宮市になっておりますが町名に津門の名を冠した地域が広がっております。

現代では海岸線がかなり後退しておりここが”津”であったとは想像しがたいですが、古くは摂津の良港で津登、津奴、津門等が当てられる津であり、武庫の浦、武庫の港がこちらに当たるとも言われています。

日本書紀でアヤハトリ、クレハトリ等の織女が到達したと言われている武庫の港、それを示すようにこの地には津門綾羽町、津門呉羽町等の地名が残っており、またそれと共に伝承も残っています。

 

この津門神社自身も、その創祀に際して織媛とその職工達が渡来の神をその由緒地に勧請したという事になっております。

(その時代に関して頂いた御由緒では明らかではありませんが、仁徳天皇の時代か若しくはそれより少し後の時代になるのでしょうか、その際に勧請したのが密教で尊重されていた大日如来だったというのは些か疑問視されるところではありますが。)

後、延喜元年には菅原道真公大宰府左遷の際に白砂青松の景勝を愛でられ御休憩された地にあった小祠として存在し(菅原道真公ご休憩の地は現在社地より少し北西側にある松原の地であるとされており、その地には松原天満宮と織姫大明神(アヤハトリか?)をお祀りする喜多向神社が鎮座しております。)、その小祠が現在の津門神社の元になっているとされております。

現神域に遷座した時期は宝暦四年(1755年)で、この間にどういう曲折を経たのか、その時点の主祭神は毘沙門天神であったようです。

明治になり廃仏毀釈の事もあり、主祭神を天照皇大神とし(神仏習合上、大日如来=天照皇大神ですので、ご由緒で大日如来に触れていたのも併せ考えると、脇殿ででも祭祀が続いていたのか、若しくは古伝に従い祀りなおしたのでしょうか)、毘沙門天神を脇殿での祭祀にし今に続いているようです。

廃仏毀釈の逆風の中、仏法の守護神である毘沙門天を脇殿とはいえ祭祀し続けていた事からも、この地の方々にとってこの社が村の鎮守として大事にされていた事が伺えます。

 

こちらの神社、ご祭神に堂々と毘沙門天神と書いてあり、また八意思兼神を御祀りしている部分でやけに印象に残っております。

社域が東西に細長くさほど大きくない社ですが、何故か圧迫感を感じられない不思議な所でもあったんですが。

 

【社格】 不明

【御祭神】天照皇大神

毘沙門天神 八意思兼神

今回頂いた御朱印です。

津門神社  

【所在地】兵庫県西宮市津門西口町14-15 →地図

記事記載神社:福應神社(兵庫県西宮市)

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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