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素盞嗚神社(兵庫県西宮市)・甲子園素盞嗚尊神社

素盞嗚神社(すさのおじんじゃ・甲子園素盞嗚神社)

鳴尾八幡神社から西に阪神甲子園球場の南西に隣接する形で、このお社、甲子園素盞嗚神社が鎮座します。

 

地名の甲子園町は、高校野球や阪神タイガースの本拠地として名の知られている甲子園球場に由来し、1920年代に武庫川支流の枝川と申川の埋め立て計画とその跡地利用で甲子園球場や宅地開発を行った事で、甲子園町の名前になったものです。

その以前はその枝川と申川で形成された場所は鳴尾村の西鳴尾と呼ばれ、この社の付近は中津といわれていたようです。

 

今回、甲子園建設以前の鳴尾村(甲子園町付近)の状況を知りたくてネット上を漁っていたところ、鳴尾村大絵図という年代不詳の古地図を公開されている方がいらっしゃいましたので、リンクを張らせて頂きます。(例のごとく、もし怒られたら消します)

阪神間の街道を歩く・古文書保管庫

http://imazukko.fau.jp/kaidou/archive/archive.html

同、鳴尾村大絵図

http://imazukko.fau.jp/kaidou/archive/ezu/nishinomiya/naruoM/naruoM.html

 

西鳴尾には当神社・中津の宮が、上鳴尾には鳴尾八幡神社の旧称の本郷の宮が、小松村には恐らく岡太神社と思われる名称不肖な神社とお寺が見え、また、恐らく明治の大合祀の際に合祀されていったと思われるいくつかのお社がこの地図で確認できます。

 

さて、この様に古地図にも残っている中津宮・素盞嗚神社ですが、創始年代は不詳です。

度々水害に遭い元禄元年(1687)や天保年間(1830年代)等に再建された記録があるものの、それ以前は不詳だという事です。

北側すぐの所に(甲子園)高潮町の地名も残っており、社の北側ですら高潮の被害に遭ったという事が判るように、非常に水による災害の多い土地だったようです。

(尚、枝川が出来たのが1557年の水害であるらしいので、もしかすると社の成立はこの後かもしれません。申川は1740年の水害で生まれたらしいので、元禄年間以前になるので、水害に遭い遷座した等はあるかもしれませんが、成立は申川が出来る以前でしょう)

ともあれ、以後西鳴尾(後の甲子園一帯)の鎮守として、甲子園球場建設後は甲子園球場に縁のある神社としても尊崇を集めております。

 

場所柄、甲子園、とりわけ阪神タイガースとの関わりが深くなり、野球関連の寄進物も多く、また授与品にも野球関係のものがいくつか在ります。

地域との共存共栄という言葉が上手く当てはまりそうな興味深いお社です。

丁度駅から行くと甲子園球場の延長線上にあるために、球場に一直線で向かうかもしれませんが、お参りに行くとご利益があるかもしれません。

 

【社格】 無格社

【御祭神】素盞嗚命

今回頂いた御朱印です。

素盞嗚神社(甲子園)  

【所在地】兵庫県西宮市甲子園町2-40 →地図

記事記載神社:岡太神社(兵庫県西宮市)鳴尾八幡神社(兵庫県西宮市)

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Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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