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深江稲荷神社(大阪府大阪市東成区)

深江稲荷神社(ふかえいなりじんじゃ・鋳物御祖神社)

天王寺区の東高津宮さんでボランティア主催の月例のおもちゃ作り会をやられていますが、そちらに差し入れがてら参拝。

その足で東に向かい比賣許曾神社さんに足を伸ばしたわけですが、時間に余裕があったのでそのまま東行。

この道路、千日前筋ですが、大阪市営地下鉄で長堀通りと合流し旧国道308号線(府道702号線・東大阪市民の間では産業道路として親しまれています)へと続きます。

この道路、元は大阪奈良間の重要な官営の街道の一つで暗越奈良街道が元になっており、現在ほぼ東西に真っ直ぐに整備されたこの道路の南北をうねる様に元々の街道の痕跡が残っている場所です。

江戸時代のお伊勢参りにも使われお伊勢参りの旅立ちを玉造の二軒茶屋・石橋で見送るなどの話を東成区の八阪神社さんの項でお話したかと思います。(八坂神社さんの参道もこの暗越奈良街道にまで延びてたりします)

 

この街道筋の旧道には大阪府内だけでもいくつかの神社が鎮座(暗峠の大阪側麓には河内国一ノ宮枚岡神社もあります)し、玉造を起点にのんびりと参拝すると面白いかもしれません。

 

と、非常に前置きが長くなりましたが、社務所にご不在だった熊野大神宮を越え、街道上で摂津国の東の端に当たる深江の地にこの神社が鎮座しております。

 

この深江という土地は江という字が残るように、入り江を形成しており、その中には菅の自生する島が存在していたようです。

垂仁天皇の時代、大和の国笠縫の地(現在の奈良県田原本周辺)より笠縫部が移住し、貴人への菅笠の生産等に携わったようです。

近鉄の布施駅から北に延びる商店街の北端がこの付近になり、布施の北側という感覚ではありますが、(ご当地ラーメンの東大阪ラーメンもこの辺りにラーメン店がいくつか並んでいたところから採られたりと、大阪市市域なのに扱いは半ば東大阪扱いです・・・)歴史的にはこういう由緒ある場所であります。

 

さて、その垂仁天皇の御世(一世紀前後)に仔の地に移り住んだ笠縫の一族が下照姫命を祀った事より発し、元明天皇和銅年間(708-715)山城国稲荷神社の御分霊を勧請(社伝が正しいとすれば伏見稲荷創建と同時期に勧請された事になりますが…)。

時代が下り、慶長19年の大阪冬の陣の兵火で焼失、のち復興され、笠縫氏の一族並びにこの地の鎮守として今に至っております。

 

その笠縫氏の菅笠ですが、古来より脈々とこの地で作られ続けており、江戸時代のお伊勢参りの定番アイテムとして街道を通る巡拝者に販売されたり、現在でも伊勢神宮の式年遷宮、歴代天皇陛下の即位式に欠かせないものとして現在でも献納されているようです。

 

【社格】 村社

【御祭神】 宇迦之御魂 下照姫命 猿田彦命 月読命 笠縫祖神

今回頂いた御朱印です。

深江稲荷神社  

【所在地】 大阪府大阪市東成区深江南3-16-17→地図

【公式HP】http://www.fukaeinarijinja.jp/

記事中記載神社:東高津宮(大阪府大阪市天王寺区)八阪神社(大阪府大阪市東成区)

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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