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八幡大神宮(大阪府箕面市)

八幡大神宮(はちまんだいじんぐう・牧落八幡宮)

此花区の神社は西端の産土神社にて一段落、熊野田八坂神社で途切れた豊中市域からの再出発になります。

 

阪急豊中駅より北東豊中稲荷神社の裏側に当たる府道43号線をひたすら北に向かっていきます。

途中桜井谷代官所跡とも言われる桜井谷小学校と宮山の春日神社(御朱印は頂けませんでしたが、珍しい神仏習合時代の仏像(薬師如来像(少彦名命))が安置されています)等を通り、さらに進むとこの神社の鎮座する箕面市牧落に至ります。

 

牧落の地は旧箕面街道と西国街道との交差する土地で、往時は箕面参詣者と西国との往来の人間で賑わった土地で高札場の跡なども残っております。

さてこの牧落、律令時代には拓けており豊島牧の一部でありました。

豊島牧とは豊島郡に置かれた官製牧場で諸国からの献納された牛馬の保管とその為の牧草地でありましたが、現在の箕面川の東側、箕面市箕面(旧平尾村地域)、西小路、桜、牧落等の広大な地域が割かれたようです。

中世には牧としての機能は失われますが、牧村の地域名が残りますが、現在はその牧村もいくつかの村に分かれて各々異なる地名になっております。

 

こういう成り立ちの村でありながら、創建は比較的最近で寛文二年(1662)に京都の男山八幡宮より勧請する事により始まっております。

以後、特段の事態も無く牧落の村の鎮守としてこの村を見守っています。

 

至極あっさりした由緒ですので少し考察を入れてみますと、豊島牧が設置される以前、平尾の辺りに当地の大宮に当たる阿比太神社が鎮座していた様で、牧の設置に際し現在地に遷座が行われたという話が残っております。

そういう経緯からこの社が創建される以前は当地の方は阿比太神社を土地神として居たのかもしれません。

その中で経済的に豊かになったその土地の方が独自に社を建てその地の鎮守として祀ったなどと考えるのは自然かななど考えてます。

早々に拓かれた土地で江戸期になってから創建されるってのは何らかの理由がありそうですからね。

 

【社格】 村社

【御祭神】応神天皇 神功皇后 比売大神

今回頂いた御朱印です。

八幡大神宮(箕面牧落)  

【所在地】 大阪府箕面市牧落2-12-27 →地図

記事中記載神社 :産土神社(大阪府大阪市此花区)八坂神社(大阪府豊中市)・熊野田八坂神社稲荷神社(大阪府豊中市)・豊中稲荷神社

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Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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