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天神社(大阪府豊中市)

天神社(てんじんじゃ・上新田天神社、千里天神)

長興寺住吉神社より一度天竺川に戻り北に向かうと熊野町(熊野田)の入り口付近に当たる八坂橋交差点が、その交差している府道二号線(旧中央環状線)に添った形で東に進んでいくと熊野田八坂神社近辺に、まだ東に進むとこの神社が鎮座する上新田の地に至ります。

 

豊中市の中心部付近の岡町周辺から新御堂筋を超えて東に向かって行ってる訳ですからかなり東に向かってるわけですが、間の熊野田八坂神社にしてもこの千里天神にしても緑に囲まれた場所で疲れは癒されます。

 

この上新田地域ですが、名前の通り開拓された新田地で、大坂夏の陣の翌年の元和二年(1616)年に幕府直轄にて行われたそうです。

後1633年まで天領として、1669年より明治までは淀藩領として統治されております。

ちなみにこの辺りは豊島郡である豊中市の多くの土地と違って茨木市や吹田市等と同じ嶋下郡に当たり、結びつきとすれば吹田や茨木等の土地の方が近いのかもしれません。

 

さて神社の方ですが、新田開拓の際(1686)に創建され現在に至っている旨が記されております。

ただ、主祭神として菅原道真公を御祀りする神社として考えると、天満宮という名を使う方が妥当かな等と考えるに、開拓地の守護神として菅原道真公(雷神より転じて農業神・開発の神)を勧請する前に天津神ののいずれかが鎮座する小祠等がその前身にあってもおかしくない気もしてきます。

江戸期よりこの社自体は山田の伊射奈岐神社の神職が兼務し祭祀を行っていた様な話も小耳に挟んでおりますし、往古より千里一帯を守ってきた同神社とこの地に何某かの縁があったのかもしれません。(距離的には熊野田八坂社の方が近いですしね)

 

まあ御由緒書きから脱線した話になりましたが、現在この社は上新田地区だけの鎮守ではなく、新たに開発された千里中央地域全体の唯一の社としてその存在感を増し今に至っております。

 

この神社についての記事を書く際に少し触れておかないといけない話ですが、現在、この神社の鎮守の杜に相当する後背に存在した林地が再開発に遭いマンション建設とそれに伴う景観問題が浮上しております。

私が巡拝した豊中市中心部から向かうコースだと上新田地区の集落を通りなかなかの雰囲気を見せておりますが、千里中央駅より神社の裏側から回っていくルートではその鎮守の杜の跡が伐採され無残な姿をさらけ出しております。

私としては、この神社を参拝するに当たって上新田の集落とその鎮守としての当神社をまず見ていて頂きたいかなと思ったりしますが、同時に今の商業主義的な開発という側面で鎮守の杜の無残な姿もまた一度見て頂きたいので帰り際にでも裏にもお回り頂きたいです。

 

【社格】 村社

【御祭神】菅原道真公

宇迦之御魂大神

今回頂いた御朱印です。

天神社(千里天神)

【所在地】 大阪府豊中市上新田1-17-1 →地図

【公式HP】http://senritenjin.com

記事中記載神社 :住吉神社(大阪府豊中市)・長興寺住吉神社伊射奈岐神社(山田東)(大阪府吹田市)

関連記事:マンション等建設による神社景観問題

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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