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原田神社(大阪府豊中市)

原田神社(はらだじんじゃ)

若宮住吉神社より北西に向かうと長興寺に長興寺住吉神社が、そちらから更に西に阪急岡町駅の傍の桜塚の地にこの原田神社が鎮座いたします。

 

桜塚周辺には有数の規模を誇る4世紀~5世紀にかけて築造された中期古墳群があり、その40基以上の古墳の中にある桜塚古墳と呼ばれる古墳にちなんでこの地を古くから桜塚と呼んでいたようです。

また、紀元前二世紀頃のものと推測される銅鐸が神社境内地より出土しており、この地が古代祭祀に繋がる場所である可能性も示唆されております。

(ちなみに銅鐸は茨木市の東奈良遺跡で発掘された銅鐸鋳型で作られたものと判明しており、東奈良遺跡傍の式内社で加具土大神を祀る佐和良義神社との関係も気になるところです。)

 

さて、この原田神社、往古は祇園神祠と称されており、白鳳12年(684)に天武天皇より神宝、神鏡、獅子頭を奉納されたと社記に残されている事により、その時点をとりあえずの発祥時期と推定しております。(銅鐸の存在により数世紀以上遡る可能性も否定できませんが)

のち、「西牧総社」として西牧七十二村(吹田市江坂から尼崎市に至る広大な土地ですが)の産土神として尊崇を受け、近在の牛頭天王信仰の中心地であったようです。

室町後期に至っても足利家より尊崇を受け特に義澄、義晴、義輝の三人より格別の崇拝を受けていたようです。

興隆を極めたこの神社ですが、他の豊中市の神社同様に荒木村重の謀反の際の戦の為に社殿等を消失(御神体や天武天皇寄進の神鏡と獅子頭等は無事であったようです)、後に復興を遂げるも氏地が離れ近隣13村を残すまでに衰微します。

(さらに豊臣秀吉の検地で境内地も半減とかなりの苦境を味わったようです)

幕末に至り有栖川宮家の祈祷所になり、昭和16年に府社に列しております。

 

こちら前出の桜塚古墳群と合わせて非常に面白い土地です。

途中、長興寺住吉神社に至るところにも破壊されて後円部だけ保存されている古墳もありますし、こういうものも見る楽しみもセットで訪れられてはいかがでしょうか。

 

【社格】 府社

【御祭神】須佐之男命

今回頂いた御朱印です。

原田神社

【所在地】 大阪府豊中市中桜塚1-2-18 →地図

記事中記載神社 :住吉神社(大阪府豊中市)・若宮住吉神社

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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