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服部天神宮(大阪府豊中市)

服部天神宮(はっとりてんじんぐう)

旧穂積村市場の住吉神社より西にすぐの所にこの神社は鎮座しております。

前回の住吉神社と違って、こちらは旧来の服部村の位置に当っていまして、足の神様服部の天神さんと親しまれており、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道開業時にはこの神社への参拝者を見込んだのか、神社本殿傍に服部天神前駅(現服部駅)を設置し、路線もそれに合わせるかのように変に曲がってたりします。

この服部天神前駅設置には神社側も協力していたのか、今の駅舎の位置が過去の境内の一部であったらしく、服部駅構内には神社由来の大楠がそのまま残され祀られております。

 

服部とは綾羽織(あやはとり)、呉羽織(くれはとり)等が知られている呉人の織工集団の機織(はたおり)が転訛したものといわれております。

そして豊中の近隣池田市にはその呉羽織を祀る呉羽神社(くれはじんじゃ)もありますので、池田豊中の地域を中心として織物製造の渡来人集落が形成されて行ったものではないでしょうか。

そして、豊島郡のこの服部という織工集団と隣村の穂積の組み合わせは、実は嶋上嶋下両郡に跨って存在する茨木市の穂積と高槻市にある神服神社(かむはとり)とも微妙にリンクしそうなので、個人的には気に成る所です。

 

それを一旦置くとして、この神社です。

朝鮮より渡来した機織集団の長である秦氏に崇拝されていた少彦名神を祀った創建不詳の小祠からこの神社が始まったとされております。

そして、菅公の大宰府左遷の折りにこの社の傍を通る事になり、足に不調が出たのでこの社の少彦名神に治癒を祈願した所たちどころに治癒したという伝承が残っておるようです。

その由縁もあり、菅公薨去の後、祭神に菅原道真公を合わせて祀り「服部天神宮」として今に伝わっているとの事です。

 

駆け足で略歴を書いてみましたが、どうも内容的に懐疑的なんですよね…。

機織織工集団はいいのですが、何故朝鮮渡来ってところを前面に出してるんだろうって所からやや疑問なんですが(日本書紀通りに呉から渡来したで良いと思うんですけどね)、決定的におかしいなと思うのは、菅公がこんな所を通って足を患うという一節です。

どう見てもルート的におかしいんですよね。。。

書いちゃって良いものか判りませんが、これ後付けの伝承だと思います。

(元々、天津神の少彦名命をお祭りした)天神社だったのを、流行に乗って天満天神である菅公を勧請してそれっぽい由緒を付け足した物じゃないかなと。

 

とはいえ、足の神様としての霊験はかなりのものらしく、江戸期以降非常に興隆を極めております。

足の怪我や足の無事などを祈願する事から、サッカー関係でもお参りに来られる方が多いそうです。

 

後、この記事をまとめている間に少し思い出しましたが、とある所で教えて頂いた説で、「少彦名命・素盞嗚尊同一説」なるちょっと懐疑的な説があったのですが、神服神社では少彦名命ではなくて素盞嗚尊が祀られてるんですよね…(まだ参拝してないですが)。

まあ、まだこういう事を仰った方には一人しか出会えてないですが。

 

【社格】 村社

【御祭神】 少彦名命 菅原道真公

今回頂いた御朱印です。

服部天神宮

【所在地】 大阪府豊中市服部元町1-2-17 →地図

【公式HP】http://www.apsara.ne.jp/hattori-tenjingu/

記事中記載神社 :住吉神社(大阪府豊中市)

参考記事:天満天神と農業

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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