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住吉神社(大阪府豊中市)

住吉神社(すみよしじんじゃ・別名:服部住吉神社)

庄内神社より北東に阪急服部駅から東の天竺川沿いにこの社は鎮座しております。

現在豊中市内にはここを含めて住吉神社が四社残っておりまして、いずれも天竺川の付近にあったりします。

 

この場所、現在は服部南町となっていますが、昔は南豊島村大字穂積、それ以前は穂積村となっていたようで、現在の住所服部南町やすぐ西にある神社が服部天神宮なのでここも服部だという感覚だったのですが、どうもそうじゃなさそうです。

この穂積ですが、現在そのまま穂積という地名で残っているのはごく一部で、何故か旧来の穂積村の地域は服部寿町や服部南町等と地名が変更されてるみたいなのですね。

服部駅があってその方が通りが良いからでしょうか。

穂積というと古代氏族穂積氏に縁がある土地に地名として残ってる由緒正しいものなんですけどね。(大阪だと茨木市内にも穂積という地名が残ってます)

 

まあ偉そうに書いてる私も、この住吉神社が穂積村にあったのに気付いたのは御朱印を貰った時なんですがね。

戴いた御朱印に穂積・市場という文字が入っており、穂積村字市場を示す印だったという事で…

 

さて、この神社ですが、年代は明らかではないですが、住吉大社の別宮として建てられたようです。

奈良時代の末頃から猪名川流域の管理をしていたという記録があり(この神社自体は天竺川傍にありますが、穂積村の西端は旧猪名川の傍辺りまであるみたいです)、平安時代の仁平2年(1152年)には社殿等の再建が行われたとの記録も残っており、もしかすると水害か何かで猪名川傍にあったものが遷されたのかもしれません。

天正六年に荒木村重の乱の兵火に遭い焼失、のちに再建され現在に到っております。

 

豊中近在では到って普通な来歴ですが、こちらの見所を二つほど。

まず御社殿ですが、大阪・中之島に鎮座していた豊国神社の御社殿が移築された物です。

現在、中之島の大阪市役所近辺にはその痕跡が見当たりませんが、少し離れたこんな所にその時代の名残が移されております。

そして国指定有形文化財になっている神楽殿。

こちらは大阪商工会議所にあった能舞台が大阪天満宮に移築され更にこの神社に移されたというもので、現在でも7月31日の神楽奉納で使われるなど、現役で利用されております。

(平時でも神職の方がお手隙なら神楽殿の見学をさせて頂けます。ただ、やはりこういうものは神楽を舞われてるときにこそ見るべきものであるかもしれません。)

 

【社格】 村社

【御祭神】 表筒男命 中筒男命 底筒男命 息長足姫命

今回頂いた御朱印です。

住吉神社(穂積)  

【所在地】 大阪府豊中市服部南町2-3-31 →地図

記事中記載神社 :庄内神社(大阪府豊中市),豊國神社(大阪府大阪市中央区),大阪天満宮(大阪府大阪市北区),住吉大社(大阪府大阪市住吉区)

参考記事:戦の傷跡

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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