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鼻川神社(大阪府大阪市西淀川区)

鼻川神社(はなかわじんじゃ)

塚本神社の巫女の女性に薦められるままに淀川堤防沿いに出て西に。

花川の地に辿り着くとこのお社に辿り着きます。

現在の堤防地すぐの所に東西に広がる小ぶりながら平べったい境内地を擁しており、なるほどこれはこの地に不案内でもすぐに見つかるお社だなと、ご紹介頂いた塚本神社の巫女の方の配慮を感じます。

 

この地、花川は神功皇后に所縁のある土地で、皇后が鹿島に行幸される際にこの地を訪れ住民の歓待を受けました。

皇后はこの地が無名地なのを惜しまれ、その地形(当時は中津川であったのか難波八十島の一つとして直接海に面していたのか調べきれてませんが)が張り出すような形で鼻の様な岸を形成しているのを奇とし「はなかわ」という名を与えたのが地名の成り立ちだそうです。

以後、鼻川の里(花川の里)という名を住民が守り伝えて今日に到っております。

ただ、新淀川の造成の際にその地名の由来となる鼻の様な地形は無くされたのでしょうか、今は無粋な一直線の堤防しか見えません。

 

社の成立時期は判然としませんが、社殿によると来歴に起因する神功皇后の祠を建立、後に対岸海老江にある海老の宮(八坂神社)の素盞烏尊を勧請合祀したとなっており、承久の記録も残っているようなので、少なく見積もっても800年以上の歴史を数える社である事は伺えます。

ここからは勝手な推測ですが、こういう由縁地で祀られる場合、事跡からせいぜい100年以内に祠は建てられるものと思いますので、下手をすると1800年程の歴史を数えるかもしれませんが、旧社地はおそらく河川敷か川の底でそれを確かめる術はありません。

淀川改修の際に近在の大社である姫嶋神社に一時合祀されておりましたが、大正に到り村民挙げての復帰運動が実り現社地で一社として復帰、旧中津村の神社と塚本神社の来歴を足し合わしたかのような歴史を辿っております。

 

だんじり倉庫もあり、もしかするとこの社の復帰の原動力になったのも案外村の祭りだったのかもしれません。

 

【社格】 無格社

【御祭神】 神功皇后 素盞烏尊

今回頂いた御朱印です。(書置きです)

鼻川神社  

【所在地】 大阪府大阪市西淀川区花川2-1-12→地図

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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