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豊崎神社(大阪府大阪市北区)

豊崎神社(とよさきじんじゃ 別称・豊崎宮)

前に大阪十三の神津神社より大阪駅まで歩いていたので、今回は大阪駅から北区の淀川方面にと足を伸ばしてまいります。

阪急梅田駅を経由して、最も近いのが参拝を済ませておりました綱敷天神お旅社(綱敷天神社の境外社)、そして北に富島神社、そこから東に向かいこの豊島神社に至ります。

この三社は前回の十三から梅田に到る途中に参拝させて頂いておりましたが、社務所不在でしたので再度の参拝となります。

 

この豊崎の地は孝徳天皇の御代に難波長柄豊崎宮が置かれた地と現在いわれている場所のひとつであり(有力説は中央区法円坂近辺らしいですが)、時代を下った一条天皇の正歴年間(西暦990~995)に長柄豊崎宮跡として祠を祀られたのが創始となっています。

前に一度触れているかもしれませんが、この長柄豊崎宮は乙巳の変(自分が教育を受けた時代ではこの謀殺より大化の改新といわれていましたが)の直後皇極天皇より皇統を継いだ孝徳天皇が都に定めた地で、大化の改新で行われた国政の刷新はこちらで行われていたものも多いようです。

歴史で習った班田収授の法辺りも豊崎宮で発している詔勅なんですよね。

豊崎宮自体は孝徳天皇が崩御した際に、皇極天皇改め重祚され斎明天皇によって都をまた飛鳥に戻され、都としての役目を終えてしまいます。

のち形式上副都としての地位に置かれますが、約350年後の一条帝の御代には見る影もなくなっていたんでしょうね。

そういう事で故宮の地に所縁の孝徳天皇を御祀りし今に到っております。

(昭和の時代の調査によると、孝徳天皇をお祭りしている神社はこちら豊崎宮と宮中の皇霊殿だけだそうです)

 

あとこちらの末社には大阪では珍しいと思われる東照権現社があります。

東照権現の話題が出てくること自体まれですが、今まで参拝した神社の中では三社・こちら豊崎神社(明治の合祀の際に末社として迎え入れた物らしいですが)、田蓑神社、桜宮位でしょうか。

豊太閤さん所縁の地の大阪としては徳川家康はあまり好まれなかったんでしょうかね。

よろしければこちらの末社もご参拝下さい。

 

【社格等】 村社

【御祭神】 孝徳天皇 応神天皇 素戔嗚尊

今回頂いた御朱印です。

豊崎神社

【所在地】 大阪府大阪市北区豊崎6-6-4 →地図

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Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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