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彌栄神社(大阪府大阪市生野区)

彌栄神社(やえじんじゃ)

東成区中道を南に比賣許曾神社を通り更に南に、近鉄の高架をくぐって更に進むと二つのお社が対になるように至近距離に鎮座しています。

西にあるのがこの彌栄神社、東にあるのが御幸森天神宮で、まず人通りを避けて彌栄神社よりお参りしました。

 

立地的には駅からは少し離れますが鶴橋駅の南側に当たり、元々空気的に苦手な場所ではあったのですが、昨今の韓流ブームのお陰か、何故か韓国語で話してる人が大手を振って歩くような更に苦手な場所に成ってまして…(というか何故か韓国人の観光客みたいなのがいっぱい居ました。)静かな方の神社で一息つきたいという思いだったのでしょう。

幸か不幸か神社の中は参拝者が自分だけだったので落ち着いた雰囲気で参拝させて頂きました。

宮司さんに聞いたところ、韓流どこ吹く風で通路に使って素通りする人間は幾許か増えども、参拝者は一向に増えてないとの事…神社は儲からずとも土地が賑わっている事で地の人間が潤えばいいというような事を仰ってました。

 

前置きが無駄に長くなりました…

このお社は、文禄年間1590年代に出雲八束の熊野大社を勧請し牛頭天王社として始まっているようです。

当時、旧大和川の主要河川の平野川が付近を通っており、川の東側の御幸森天神宮に対して西側の鎮守としてお祀りされたのでしょうか。

明治初期に牛頭天王社から素戔嗚尊を祀る現社号の彌栄神社に改めた様ですが、これをヤエと読むか、ヤサカエ、イヤサカエなどと読むのか特に定まっていなかったようで、(社号をつけた人はヤサカを当てたと思うのですが)氏子の多数派に合わせ現社号をヤエと読むようにされたようです。

 

この神社、個人的には明治に合祀された御館神社の方に興味が沸いております。

仁徳天皇の的殿旧蹟地に建てられたこの神社では「いばらの神」として往古より仁徳天皇をお祭りされていた様です。

推測ですが「いばらの神」は、仁徳天皇の業績・茨田堤(まむたのつつみ)から取られたのかなと思っております。

 

のんびりした感じのお社ですが、地域の人間からは憩いの場として機能しているようで、四月の頭には町会の人達と境内で觀桜会等催したり、今でもこの地の鎮守としての親しみ易い神社であるようです。

 

【社格】 村社

【御祭神】 素戔嗚尊 仁徳天皇

今回頂いた御朱印です。

彌栄神社(大阪市生野区)

【所在地】 大阪府大阪市生野区桃谷2-16-22→地図

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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