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素盞嗚尊神社(大阪府吹田市)江坂神社

素盞嗚尊神社(すさのおのみことじんじゃ・別称 江坂神社・感神宮)

垂水神社より吹田街道を豊中方面に、現在新御堂筋として名付けられている国道423線を更に西に進むとこのお社の南に至ります。

といっても、まっすぐ北側に伸びる恐らく元参道なんでしょうが、普通の小道の三叉路にしか見えませんので、地図を頼りに動くしかありません…。

まあそんな場所にある少し高台になったところに当社が鎮座します。

 

この江坂の地、大阪人にとってはそこそこ栄えてる印象を持つ土地ではありますが、他の地域にとってはほぼ無名の土地ではないかと思います。

大阪市営地下鉄の御堂筋線終着駅(これより北は相互乗り入れの大阪北急行)で、大阪(梅田)、本町、難波との連携もよく、少し離れた小さなビジネス街を形成して居る場所です。

ミスタードーナツも運営するダスキンは耳にされたことは在るでしょうが、ここに本社があったりします。

 

さて、このお社の来歴ですが、神社側もあまり把握していないようです。

古老の伝承で元暦元年(1184年)5月に神社が成立し、その頃京都の八坂神社をお迎えし、更に時代が下り嘉吉2年(1442年)に現在地に奉遷という話です。

妙に具体的な年号なので、どういう背景があったか調べようと思ったのですが、逆に謎は深まるばかり、1184年5月は一の谷の合戦後で改元があった翌月、この時期はこの榎坂周辺は春日社領なんですね…5年後の文治5年の垂水西牧榎坂郷田畠取帳って書類が残ってたりしますし。

また、時代を下って、室町期、摂津守護として治めていた赤松氏・その一門の間島氏が、1360年前後に東寺領垂水、春日社領榎坂郷の悪党を排して領地復帰させてたりします。

そして、嘉吉2年は前年嘉吉の乱で赤松氏が攝津国主から外されていた時期と、なってます。

 

春日社領にわざわざ八坂の牛頭天王を迎える必要があるのか、そこが疑問です。

まあ建てるなら普通に春日社を建てるだろうなという事。

それを仮説としてもうひとつの年号を見ていくと、赤松氏が一旦衰微し燻っていた地域の有力者が再度春日社の影響を排した時期かなと、そうすると春日社の代わりに牛頭天王を迎え入れるそういうシナリオも無理やりでも描けるんじゃないでしょうか。

まあ何の裏付けも取ってないたわ言ですけど。

 

その後、江戸期に至って牛頭天王社として神宮寺を併設していた大きな社にまで成っていたようですが、そこに至る経緯もはっきりとはわかっていません。

 

江坂という土地の現状を見るに、来歴は不明でも氏地を大きく繁栄させた力のある神社だという、そんな気にさせられます。

 

【社格】 村社

【御祭神】 素盞嗚尊 天照大御神 誉田別尊

今回頂いた御朱印です。

素盞烏尊神社(吹田江坂)

【所在地】 大阪府吹田市江坂町3-68-11 →地図

【公式㏋】 http://www.esakajinja.or.jp/index.html

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osoumen

Author:osoumen
神社の御朱印集めのつもりが、いつの間にか徒歩での数珠繋ぎ巡拝の様相に。
最近旧道の曲がりくねった道を見るとどうもわくわくしてきます。

摂津国の神社中心の御朱印五目収集参拝中。

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